振動障害
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2008年度の研究を基に作成された情報です。

末梢循環障害

 末梢循環障害の症状としては、寒冷期に手指がよく冷える、冷えた時に手指に痺れを感じるといった症状から始まり、さらに振動曝露を継続するとレイノー現象が出現するようになります。レイノー現象の初発部位は振動曝露を最も強く受けた指であり、症状が進行するにつれて出現する部位がより中枢側に広がり、さらには指本数も増えてきます。したがって、レイノー現象は左右対称的にするものではありません。母指は最後まで出現が遅れます。逆に母指にレイノー現象が出現する例では、全ての指に出現しますが、そのような例でも、常に母指に出現することは稀です。
 レイノー現象は手指が冷えた時に出現することはなく、全身に冷えを感じた時に出現しますので寒冷期の早朝、作業の休憩中、また冷雨に濡れるとかにより全身が冷却された時に出現することが多いです。同じような条件下であっても生じないこともあります。レイノー現象の出現頻度は当然ながら年数回の症例から週数回出現する症例まであります。レイノー現象の持続時間は個人により様々ですが、多くの場合は数分であります。文献的には、稀には30分程度持続することもあるとの記載がありますが、経験したことはありません。レイノー現象の発作時には手指は無感覚に近い状態となります。レイノー現象の消退時に、多くの例では、しびれや疼痛が指に生じ、皮膚の色調は多くの例では反応性充血で赤くなりますが、ときには紫色化することもあります。
 日常生活への影響としては、寒冷期のゴルフ、釣、狩猟、庭の手入れなどの戸外の余暇活動が制限されることもあります。
 レイノー現象は振動障害だけにみられる症状ではありません。レイノー現象をきたす疾患はいろいろあり、またその頻度も高いため、診断には慎重な態度が必要です。表1にレイノー現象をきたす疾患の簡単な分類表を示します。振動障害によるレイノー現象はレイノ一氏病(体質的なもので振動曝露が原因ではない。)との鑑別が困難なので診断上に問題となります。二次レイノ一現象は強皮症などの膠原病、動脈硬化、バージャー病、糖尿病、外傷、ビニールクロライドなどの化学物質、ベータブロッカーなどの薬物、ポリオ、脊椎空洞症などでもみられます。振動障害で手指に潰瘍や壊死が起こることは考えられません。従って、振動工具使用者にそのような所見が認められる場合は、強皮症、動脈硬化、その他の疾患などとの十分な鑑別が必要となります。これらの疾患との鑑別はかならずしも容易ではありません。
 振動障害のレイノー現象のメカニズムはまだよく解かっていません。長期間の振動の刺激による指の細動脈の平滑筋、内皮の肥厚や内腔の狭窄が基盤にあると考えられます(写真3)。
表1 二次性レイノー現象をきたす主な疾病の分類(亀山ら)
表1 二次性レイノー現象をきたす主な疾病の分類(亀山ら)
図3.振動刺激による指細動脈の変化
A 軽度:筋層の肥厚 B 中等症 C 高度:内膜増殖と狭窄
図3.振動刺激による指細動脈の変化

2 末梢循環障害の診断

 振動障害に比較的特徴的とされる症状はレイノー現象であるため、やはり何よりもレイノー現象出現の有無の確認がキーポイントとなります。レイノー現象は誰にでも簡単に判断できるものではありません。寒い時などに単に手全体が白っぽくなっているのをレイノー現象と勘違いしている例も多々見受けられますので、患者が手が白くなるとの訴えで、直ちにレイノー現象と即断してはなりません。レイノー現象かどうかの確認には、カラー写真を撮ってもらうなどして客観的に確認する方法もあります。写真を撮る場合、顔を画面の中に入れて手と同時に撮影したものと、両手だけの写真があることが理想的です。写真などがない場合、蒼白化の起こり方、初発の時期、状況、部位、その後の部位の広がり頻度の変化などを詳細に聴取して、
  (1)相当の手腕振動への曝露歴があり、
  (2)実際に振動障害によるレイノー現象であることが出現態様や部位各種検査から想定され、
  (3)レイノー現象をきたす他の疾患が鑑別診断によって十分除外され、
振動障害によるレイノー現象と見て矛盾がないかどうかを判断する必要があります。検査にて確認する方法は後述します。

3 末梢循環障害の検査

 一次健康診断としては、常温下での手指の皮膚温検査や爪圧迫テストがあります。また、第二次健康診断では、安静時の検査に加え、手指を10℃の冷水に10分間、片手を漬けてから皮膚温測定や爪圧迫テストを行います。二次健康診断では医師が必要と認めた検査を行なうことになっていますので、指尖容積脈波、サーモグラフィー、皮膚血流量の測定などが追加して行なわれることもあります。動脈造影も必要に応じて行なわれています。このほか寒冷刺激による指動脈血圧(FSBP)の変化の測定、冷風負荷皮膚温測定、レーザードップラー血流測定などが行なわれています。

(1)手指の皮膚温検査と冷水負荷試験

 常温下での検査では、室温20〜23℃の部屋で30分以上安静にさせた後、両手の示、中、環、小指の末節の掌側中央について適当な時間をおいて2回以上測定することになっています。喫煙により末梢動脈が収縮するため皮膚温は低下しますので、測定前1時間は禁煙させることが必要です。また検査前に手を洗うようなことも禁止すべきです。さらに、空調の送風が直接被験者にあたらないようにし、着衣に関しても寒さを感じないように、一定の条件になるように十分配慮する必要があります。
(注:ISOでは測定室温を21±1℃を勧告していますので、わが国もそれに従うようになると思います。)
 冷水負荷試験(10℃、10分法)では写真4のように、左手(右手のみレイノー現象を訴える時は右手)を10℃の冷水中に10分間、手首まで漬け、示、中、環指のうち1指について、末節の掌側中央で冷却負荷開始6分目から1分毎に測定し、10分目の測定終了と同時に手を冷水から引き上げます。タオルで押えるようにして水を拭きとります。そして、さらに手を引き上げた時点より5分目と10分目にも皮膚温を測定します。
図4.冷水負荷10℃10分法による皮膚温度測定(右手を手関節まで冷水に浸漬している)
この写真は前腕末梢部が容器に触れていますので、良くない状態であります。
図4

(2)皮膚温検査の判定

 判定基準は林業災害防止協会(表2)が提示したものが広く用いられています。計測値の数値そのものだけで評価することには問題がありますので、他の検査も同様ですが、職歴、症状や種々の検査も加味して総合的な判断が必要です。安静時皮膚温は検査室温、着衣量、湿度、気流等により大きく変化しますので、安静時の皮膚温の判定には温熱生理学的な配慮が必要です。冷水負荷後の皮膚温回復に及ぼす因子は、浸漬前の皮膚温が低ければ低いほど、室温が低ければ低いほど、冷却温度が高ければ高いほど、冷却負荷後の皮膚温の回復は遅れます。したがって、単純に皮膚温の測定値そのもので判定するよりも下記のような回復率で判定する方が合理的です。回復率の判定基準はY.参考文献(振動障害の現状と研究の進歩 診断法を中心として 宮下和久 他 産業医学レビュー 16 185-205 2004、または振動障害Q and A)を参照して下さい。
回復率の計算式
回復率の計算式

 問題点として、10℃の冷水に10分間、手首まで浸漬すると被験者の苦痛が大きく、疼痛による血管収縮、血圧上昇のため、高血圧、心疾患を有する患者では不適となります。負荷条件には、わが国ではi以前は5℃、10分法でありましたが、被検者に当たえる侵襲が大きいことから、現在は10℃、10分法が用いられています。ISOでは12℃、10分法を検討など負荷条件が統一されていません。また皮膚温度は個人差が大きく、個人の健常者でも30℃以下といった低い皮膚温を示す人があること、手指の皮膚温は環境温度条件等に強く影響されるため、実際には、画一的な基準を設けることは極めて困難です。個人の評価には有効でないとの指摘もあります。また、レイノー現象に対する敏感度が低いことが大きなネックとなっています。

表2.林業労働災害防止協会の判定基準
1 判定の目安に関する諸検査成績
(1)林業労働災害防止協会振動障害検診委員会の数値
表2.林業労働災害防止協会の判定基準

(3)手指冷却負荷による指動脈の収縮期血圧(FSBP または FSP)測定

 レイノー現象の確認法として、1994年のストックホルムでの振動障害に関するワークショップで以下の3つの方法があり、それ以外は本人の訴えはあるも未確認として取り扱うことが国際的に合意されています。その3つの方法とは、(1)医師が直接レイノー現象を視認した場合、(2)カラー写真で確認できた場合(顔を同時に映しこみ本人の手であることが確認できること)、(3)局所冷却による指動脈血圧の変化の測定で指動脈血圧の変化度(FSBP%)を調べ、FSBP%の値がゼロの場合には、当該労働者にはレイノー現象が有ると判定することであります。このことからもFSBPの測定が末梢循環障害の客観的判定には重視されていることがわかります。
 このFSBP%の測定には2チャンネルの装置(Medimatic社のDM 2000)と5チャンネルの装置(HvLav社のMulti-channel Plethysmograph)の2機種があります。前者によるFSBP%は症状の強い指で測定します。図5はMedimatic社のDM2000、図6は阻血用カフ、冷却用カフ、ストレンゲージを装着した実際の像を示し、図7はその模式像です。測定指の基節部に阻血用のカフを装着し上腕血圧以上の圧を瞬時に加え、指の血流を5分間遮断します。指の血流遮断中、中節に装着した冷却用のカフに一定温度(10℃)に調節された冷却水を循環させ指を冷却します。5分間の冷却直後に阻血用のカフの圧を徐々に抜き、血流再開時の指の血圧を末節に装着したストレンゲージの抵抗の変化から、指の収縮期血圧を読み取り、10℃冷却時FSBPの35℃負荷時FSBPに対する割合(FSBP%)を求める検査法です。レイノー現象のみられる指では、冷却による血管攣縮により血流が低下しFSBPが低下します。
図6 カフと電極を装着した状態
図6 カフと電極を装着した状態
図5 メヂマチック社のDM2000
図5 メディマティック社のDM2000
図6 カフと電極を装着した状態
図7.FSBPの測定方法 カフとストレンゲージの装着
図2の模式図で、母指の基節部には圧測定用のカフ、中指の基節部には圧測定と阻血を兼ねたカフを装着している。中指の末節には血流による指の容積変化を検出する電極、strain−gaugeを装着している。
図9
図9 測定の実例(冷却負荷後)
冷却した指のFS(B)Pは44mmHg
図8
図8 測定の実例(冷却負荷前)
冷却しない対照指のFS(B)Pは90mmHg
 図10はHvLav社のMulti-channel Plethysmographyのオリジナルな電極(strain-gaige)を装着した像を示します。写真で見られるようにリード線が硬く、宙に浮いていますので被検者が指を動かしますと電極がずれることがあり、また、電極の装着に熟練を要します。HvLav社の協力により電極の形状の変更をしたものを図11に示します。リード線が細く平べったくなりカフの下に絆創膏で固定できるようになっています。オリジナルな電極と形状を変更した電極による測定誤差がないことはHVLav社で確認済みです。
 図から判りますようにMedimatic社の方式と大きく異なる点は、阻血用のカフと冷却用のカフが一体化されていることです。またMulti-channel Plethysmographyでは、測定操作から記録、データーの打ち出しまでがコンピューター化されています。
図11
図11 山陰労災病院方式の電極を装着
図10
図10 Multi-channel Plethysmographの
オリジナルな電極を装着

 測定結果はコンピュターで自動的に処理され、図12のような図として、またFSBP%の計算結果が表としてプリントアウトされるようになっている。情報量は2チャンネル装置と比較し、5チャンネル装置の方が極めて多いことは自明であります。
図12
図12 測定結として打ち出された曲線
 レイノー現象に対するFSBP%の判定基準としては、室温21±1℃での値で、ヨーロッパではFSBP%の値が60%以下を採用している。労働者健康福祉機構の振動障害研究チームとしての判断目安なる値を厚生労働省は公表する予定と聞いています。

 なお、すべての末梢循環検査は環境条件の影響、中でも室温の影響を強く受けますので、室温の管理が極めて重要です。つまり、同一被験者であっても室温が異なれば反応が大きく変化します。
 ISO案では、FSBPの測定は室温21℃±1℃、冷却温度10℃、負荷時間5分間の条件で測定することになっています。

(4)冷風負荷試験

 冷水負荷皮膚温テストは測定したい指1本だけを5℃の冷風(風速 6±0.5 m/sec )で15-20分間冷却します。冷水負荷試験の苦痛が大きいため、苦痛の少ない冷風を用いて皮膚温度の回復をみるものです。手を冷却している間、指腹部の皮膚温を放射温度計で測定しグラフに記録し、ハンチング現象の有無で判定します。図13に記録の実際例を示します。図の一番上は正常対照者のパターン、最下段は振動工具使用者でハンチング現象の出現がない異常パターンを示します。中段は中間型を示しています。これらはいずれも室温24℃で測定したものです。振動障害ではハンチング現象がみられないか遅れて出現します。このハンチング現象の出現も室温に左右されますので、室温の管理が重要です。
※ハンチング現象: 生体が冷却されると一旦は末梢血管が収縮しますが、正常者であれば数分以内に、血管は拡張するようになります。冷却中は収縮と拡張を繰り返します。この現象をハンチング現象と言います。現時点では、この装置は市販されていませんので紹介に留めます。
図13
図13.冷水負荷皮膚温テスト

末梢循環障害の検査の比較

 山陰労災病院のこれまでのデータより末梢循環障害の検査の敏感度・特異度の比較を行うと以下のとおりでした。すべての測定は、室温24℃で行いました。
冷却負荷テストの敏感度と特異度
敏感度 特異度
FSBP% (10℃、5分) 88.2% 76.8%
冷水負荷皮膚温テスト(5℃、10分)
5分率 5.9% 97.7%
10分率 50.0% 69.8%
冷風負荷皮膚温テスト(5℃、15-20分)
85.3% 55.8%

(5)爪圧迫テスト

 常温下での検査では、左手を心臓の高さにし、示、中、環指について、1指毎に検者は拇指と示指で被検者の爪の部分をはさみ、次いで10秒間強く押さえ、はなした後、爪の退色が元に戻るまでの時間を測定します(図14)。冷却負荷(10℃,10分法)時には、冷却負荷した手の示、中、環指のうち1指について、冷却負荷終了直後と終了5分目と10分目に同様に測定します。この際、最も重要なことは被検者の手指の力が完全にぬけていることです。被検者に力をぬくように指示し、検者の指で被検者の手指を支えるようにします。判定は爪床部の色調の回復に要する時間をストップウオッチで測定します(表2参照)。現場で簡便に行える検査ですが、回復を観る検査者の主観で左右される面があります。被検者が検査時に手指に力を入れていれば、血色の回復する時間は延長するという欠点があり、被験者の検査への協力も必要です。したがって、測定値の意味するところは参考値にすぎないことであります。
図14.爪圧迫試験
図14

(6)指尖容積脈波

 指尖突容積脈波とは、主に光電管方式の透過型の容積脈波計で、酸化ヘモグロビンの吸収量を測定することによって血流量変化をグラフで描かせ,その波形や波高によって障害の有無を判断する検査です(図 15)。波形、波高から正常か否かを判定します。酸化ヘモグロビンの吸収量を測定していることから客観性はありますが、血液性状を含めた心臓から指先までの総和としての変化、つまり、心拍量、末梢動脈硬化等の複雑な影響を受ける他、検査時のメンタルな状態の影響など測定条件にかなり左右されるといった問題点があり、これで末梢循環機能の評価を行うことには慎重な態度が必要であります。結論としては参考程度に留めるべき検査法と考えます。
図15.指尖突容積脈波形の測定例
図16

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