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研究課題[2]
―職業性皮膚障害に対する職場作業環境管理の進め方に関するガイドライン作成―
―理・美容業界をフィールドとして―

考察(1) 理・美容師の皮膚炎の発症機序・注意すべき原因物質

理・美容師にみられる皮膚炎のタイプと発症機序

よくみられる皮膚炎のタイプは、刺激性接触皮膚炎、アレルギー性接触皮膚炎、その両者の混在したタイプの皮膚炎、頻回の洗髪などによる皮膚のバリア機能の低下により、種々の物質が侵入しやすくなり、これらの皮膚炎を発症する
 理・美容師の皮膚炎の病型としては、刺激性接触皮膚炎、アレルギー性接触皮膚炎、その両者の混在した皮膚炎が日常よくみられます。また、消費者において染毛剤による接触蕁麻疹の症例が報告されていることから1)、理・美容師でもみられる可能性があります。
 これらの皮膚炎は、就業間もない若年者の理・美容師に起こりやすいことから、まず洗髪が理・美容師の皮膚炎の発症に大きく関与していると考えられます。頻回の洗髪作業やシャンプー中に含まれる界面活性剤の影響で皮膚の角質の保湿成分が失われ、種々の機械的刺激により角質に細かい傷が付くなどのために、皮膚のバリア機能が低下します。皮膚の乾燥、亀裂などを生じ、そこからシャンプー・パーマ液・染毛剤などの製品中に含まれる刺激物質や感作物質が侵入し、刺激性接触皮膚炎やアレルギー性接触皮膚炎を発症すると考えられます。アレルギー性接触皮膚炎を発症すると、紅斑・丘疹・小水疱などの湿疹性変化やかゆみなどの症状が強く起こり、難治となります。
 また、別の項目でも述べましたが、アトピー性皮膚炎をはじめとするアレルギー性疾患の合併があると、皮膚炎に罹患しやすい傾向があり、特にアトピー性皮膚炎ではもともと皮膚のバリア機能が低下しているため、皮膚炎発症までの期間が短く重症化しやすいという特徴があります。

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注意すべき原因

シャンプー・パーマ液は主に刺激性接触皮膚炎、染毛剤は主にアレルギー性接触皮膚炎の原因として重視される
アレルギー性接触皮膚炎の最も重要な原因物質は、染毛剤成分のパラフェニレンジアミン
 お湯(水)を使うことに加えて、シャンプー・パーマ液・染毛剤といった製品・薬液が、理・美容師の皮膚炎の主な原因です。シャンプー・パーマ液は主に刺激性接触皮膚炎、染毛剤はアレルギー性接触皮膚炎の原因として重視されますが、シャンプーやパーマ液もアレルギー性接触皮膚炎の原因となり得ます。
 アレルギー性接触皮膚炎において、これまでに明らかにされている原因物質としては、染毛剤成分であるパラフェニレンジアミンとその関連物質が挙げられます。また、今回の検討において、シャンプー中の界面活性剤の1つであるコカミドプロピルベタイン、新しいパーマ液成分であるシステアミン塩酸塩が新たなアレルゲンとして重要であることが見出されました。その他、ニッケル、香料、ゴムなど原因となり得る物質は多数あります。この中では、パラフェニレンジアミンの感作性が非常に強く、頻用される染毛剤成分であることからアレルギー性接触皮膚炎の原因として最も重要です。

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パラフェニレンジアミンについて

パラフェニレンジアミンは、酸化型永久染毛剤の主成分
この成分に代わる代替品が開発されるかどうかが、理・美容師の皮膚炎対策における1つの大きな鍵
図
 パラフェニレンジアミンに関する検討は、従来多くなされています。理・美容師におけるパラフェニレンジアミンのパッチテスト陽性率は、80〜95%前後で報告されており2-6)、非常に感作性の強い物質として知られています。われわれの検討では、74.5%と他の報告よりも若干低いですが、皮膚炎が重症のグループだけでみると92.0%と高い陽性率でした。
 パラフェニレンジアミンは、染毛剤の中で現在最も多く使用されている酸化型の永久染毛剤の主成分であり、色調が豊富で染毛力に優れていることから頻用されています。また、一般にかぶれにくいとされる植物性染毛剤のヘナ製品の一部にも、パラフェニレンジアミンが含まれていることがあるので、注意が必要です。
 パラフェニレンジアミンにアレルギーがある場合、この物質に化学構造が類似した他の物質にも反応を起こすことがあります。これを交差反応と呼んでいますが、パラフェニレンジアミンとの交差反応が報告されている物質としては、衣類などの染料として使用されるパラアミノアゾベンゼンと、化粧品色素として使用される赤色225号の他に、ゴムの老化防止剤、サルファ剤の一部7)などがあります。また、他のジアミン系染料やアミノフェノール類などの染毛剤成分との交差反応も示唆されているため、パラフェニレンジアミンにアレルギーがある場合は、全ての酸化染毛剤との接触を避けた方が無難であると言えます。
 非酸化型の永久染毛剤はパラフェニレンジアミンを含まないため、この物質にアレルギーがあっても使用可能です。しかし色調が限られ、パーマがかかりにくくなるなどの問題があるためか、このタイプの染毛剤はほとんど使用されていません。よって現在のところ、理・美容師にとってパラフェニレンジアミンおよびその類似物質を含む酸化染毛剤の使用を避けることは困難な状況にあります。
 パラフェニレンジアミンは染毛剤成分としては優れた物質と言えますが、理・美容師のアレルギー性接触皮膚炎の大きな原因を占めており、今後この物質に代わる染毛剤成分が見出され、感作性の少ない代替品が開発されるかどうかが、理・美容師の皮膚炎対策における1つの大きな鍵であると言えます。

<参考文献>
1)Nishioka K et al:Environmental Dermatology 8:88-93,2001
2)Higashi N et al:Environmental Dermatology 2:36-39,1995
3)西岡和恵:Journal of Environmental Dermatology and Cutaneous Allergology 1:181-188,2007
4)Kato Y et al:Environmental Dermatology 4:25-29,1997
5)Xie Z et al:Environmental Dermatology 5:216-222,1998
6)有巣加余子,他:皮膚 33:382-389,1991
7)中山秀夫:皮膚病診療 28(増):157-162,2006

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考察(2) 理・美容師の皮膚炎を予防するために

理・美容業界で必要と考えられる対策

 今回の調査で得られた知見から、様々な問題点が明らかになりました。理・美容師の皮膚炎を予防するために、今後、理・美容業界で必要と考えられる対策について、過去の報告を踏まえて考察したいと思います。
  • 皮膚炎を起こしにくい製品の開発
     皮膚炎の原因物質そのものが排除されることが、職業性接触皮膚炎の根本的な対策であると言えます。理・美容業界においては、刺激性、感作性の少ない製品が開発されることが皮膚炎の減につながると考えられます。しかし、染毛剤に関して言えば、皮膚炎の主要な原因であるパラフェニレンジアミンが含まれる染毛剤が、現在最も多く使用されている状況にあり、これに代わる製品はまだ開発されていません。感作性の少ない安全性の高い製品の開発が望まれます。
  • 優れた防具の開発
     皮膚炎の原因物質がなくならない以上、何らかの防具の使用が、職業性皮膚炎対策上必須です。しかし、グローブは作業がしづらくなるなどの理由から着用率が低く、理・美容師の方々に受け入れられ難いようです。防御が確実であること、作業に支障をきたさないこと、使用法が簡便であること、コストがかからないこと、感作性が少なく安全であることなどが、防具に求められる条件として考えられますが、これらのニーズを満たす防具はなかなか存在しません。より良い防具を検討していく必要があります。
  • 皮膚炎の予防に関する教育
     職業教育の早い段階から、皮膚炎の原因物質、発症要因について指導することが重要であると指摘されています1, 2, 3)。特に、パラフェニレンジアミンは感作性の強い物質であることを認識しておく必要があります。そして、就業早期より手の防御やスキンケアを実践することが、職業予後の改善につながると考えられます3)
     また、前述のように、アトピー性皮膚炎があると皮膚炎を発症しやすいため、職業選択の段階で考慮されるべきとの指摘もあります1, 2)
  • 安全衛生管理の推進
     理・美容師に対する皮膚検診が重要な意義を持つことが指摘されています2)。1983年まで義務付けられていた理・美容師の健康診断が廃止された現在、理・美容業界と医療機関や行政等の協力による衛生管理の推進体制を作ることが望まれます。
  • 労災としての対応
     理・美容師の皮膚炎は職業病であるとの認識に基づき、労災として扱うべきであるとの意見があります3, 4)。理・美容師の皮膚炎が労災補償の対象となることで、予防策への取り組みが進み、皮膚炎の減につながると考えられます。皮膚炎を発症した理・美容師にとって、パッチテストや治療のために有給休暇をとることもなくなり、解決上重要です。
  • 一般社会の理解
     お客さんに失礼に思われるという理由から、グローブを着用しづらいケースがあることなどから、一般社会の理解も必要と考えられます。理・美容師の皮膚炎が広く認知され、予防策が受容されることが望まれます5)

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理・美容師個人における対策

 前述のように、理・美容師の皮膚炎対策上、解決が容易でない問題が多々あります。現在のところ、皮膚炎を発症した理・美容師が、個々に皮膚炎に対する対策を取っているケースが多いと思われます。理・美容師個人における対策として、どのようなことが考えられるか、今回の調査結果と過去の文献1, 4)に基づいて挙げていきたいと思います。
これらの対策を全て確実に実践するのは容易なことではありませんが、難治性のアレルギー性接触皮膚炎例において、理・美容師を続けていくうえできわめて有効であると考えられます。
  • 皮膚炎の治療
     皮膚炎がある場合には、皮膚科を受診し、適切な治療を受けます。皮膚炎が極度に悪化してから皮膚科を受診するというケースも少なくありませんが、悪化すればするほど症状が治まるまでに時間を要するので、早めの対処が重要です。症状が強い場合には、数日業務を休み、治療に専念することも必要になります。治療により皮膚炎が治まったら、悪化させないよう心がけます。アトピー性皮膚炎の合併がある場合には、その治療もおこないます。
  • 原因物質の確認
     皮膚科でパッチテストを受けて、原因となっている製品・物質を確認します。
  • 原因物質の回避
     皮膚炎の原因製品が明らかとなったら、その製品の使用を避けることを検討します。具体的には、使用可能な代替品がないか検討します。代替品の選択にあたっては、パッチテストで安全性を確認のうえ使用することが望ましいです。
  • グローブの着用
     ヘアカラー、洗髪、ワインディング施行時はグローブの着用を心がけます。特に染毛剤は、感作性の高いパラフェニレンジアミンを含み、アレルギー性接触皮膚炎の重要な原因であるので必ず着用し、染毛後の洗髪の際にも染めたばかりの毛髪に素手で触れないように十分に気を付けます。染毛剤によるアレルギー性接触皮膚炎がある場合、染毛後の洗髪時にもグローブを着用することは、やはり欠かせない対策と考えられます。
     グローブの選択にあたっては、感作性の少ないプラスチック製が安全です。また、手首部分からアレルゲンが入って皮膚炎を発症することもあるため、肘まである長いタイプが良いと考えられます。
     グローブの内面が薬液などで汚染されないように気を付けます。グローブは内外共によく洗い、汚染されたら取り換えるようにします。また、他人と共有のものは用いないようにします。
  • 皮膚保護剤の使用
     手に保護膜を作る皮膚保護剤を使用します。ただし、防御する手段としては効果が不十分であるため、基本的にはグローブの着用をおこない、補助的に使用するようにします。湿潤病変、亀裂、傷などがある場合には、皮膚保護剤で刺激感を生じる可能性があるので、治療によりこれらの病変が落ち着いてから使用を開始します。
  • スキンケア
     手を洗うと同時に油分を補い、皮膚のバリア機能を保ちます。特に、洗髪作業などの水仕事が多い時、乾燥する時期には保湿剤をこまめに外用します。治療として外用剤が処方されている場合には、医師の指示通りきちんと使用します。
  • 職場環境への留意
     空気が乾燥すると皮膚炎が悪化しやすくなるため、特に冬季は、湿度など職場の環境にも留意することが望まれます。
  • 上司の理解を得ること
     皮膚炎の治療のための通院、洗髪回数を減らすなどの対応、皮膚炎を起こしにくい製品の仕入れなどにあたって、上司の理解を得ておくことが必要になります。
  • その他
     業務以外の時はなるべく手を休ませることや、新たな感作を予防するために、業務時も日常生活においても、手荒れがある時はいろいろなものに接触しないよう心がけることなどが挙げられます。

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皮膚炎未発症の段階での予防

 就業早期の皮膚炎を発症していないうちから、手の防御やスキンケアを実践することは重要です。実際に、就業当初から皮膚炎を発症しないように気を付けていたという理・美容師の方々では、皮膚炎の発症率が低いという調査結果が今回出ています。
 ここでは、特に就業間もない理・美容師の方々が、皮膚炎を発症しないようにするために、考えられる対策を挙げていきたいと思います。
  • グローブの着用・皮膚保護剤の使用
     グローブの着用を習慣づけることが第一に挙げられます。特に感作性の高い染毛剤に触れないように、ヘアカラー時のグローブ着用は必須です。皮膚保護剤も皮膚炎の予防に有用と考えられますが、洗髪回数が多い場合には、保護剤が除去されてしまい、効果が不十分である可能性があります。
  • スキンケア
     特に就業間もない時期は、頻回の洗髪により皮膚のバリア機能が低下し、感作されやすい状態になります。お湯(水)を使った業務の後には、こまめに保湿剤を外用することを心がけます。特に、冬季など乾燥する時期には十分におこないます。
  • 理・美容師の皮膚炎の原因・発症機序についての理解
     上記の予防策を就業早期から実践するためには、パラフェニレンジアミンをはじめとする感作物質や皮膚炎の発症機序について理解しておくことが重要です。また、アトピー性皮膚炎などのアレルギー性疾患がある場合は、特に皮膚炎を発症しやすいことにも留意します。

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医療者側に求められる対応

 皮膚炎のある理・美容師が医療機関を受診した時、仕事を辞めないと治らないと言われるケースも多いようですが、医療者側には、理・美容師の業務の継続を支援するべく共に対策を考えていくことが求められています。皮膚炎の治療も含め、理・美容師の皮膚炎への対応について述べたいと思います。
  • パッチテストによる原因物質の確認
     日常使用する製品でパッチテストを施行します。陽性の製品が明らかになったら、メーカーの協力を得て成分についても可能な限り検討することが望ましいです。
     また、理・美容師向けのパッチテスト用アレルゲンのシリーズがあると、原因物質のスクリーニングに役立ちます。本研究でも、このようなシリーズに適したアレルゲンを検討していきたいと考えます。
     なお、現在世界でわが国においてのみパッチテスト用アレルゲンの多くが販売禁止になっている状況であり、これらのアレルゲンを入手するには、今回われわれがおこなったように、研究用として海外から購入するか自作するしかありません。
     このため、接触皮膚炎の原因物質を診断できないという状況も生じており、1日も早くこのような状況から脱することが望まれます4)
  • 患者指導
     まず、パッチテストで陽性に出た製品や成分を回避するように説明しますが、パラフェニレンジアミンのように多くの物質に対して交差反応を示す物質もあるため、避けるべき物質の範囲について十分な説明が必要となります3)。  具体的な回避手段として、グローブや皮膚保護剤の使用、原因物質の含まれない代替品の使用などを提案しますが、詳細については理・美容師個人における対策のところで述べています。
  • その他
     前述のようにアレルギー性疾患の合併頻度が高いため、必要に応じて血清IgE値やRAST検査などをおこないます。

<参考文献>
1)松永佳世子,他:皮膚 31:167-175,1989
2)須永匡彦,他:日本公衆衛生雑誌 39:714-719,1992
3)西岡和恵:Journal of Environmental Dermatology and Cutaneous Allergology 1:181-188,2007
4)中山秀夫:皮膚病診療 28(増):157-162,2006
5)片岡葉子:アレルギーの臨床 25:1081-1085,2005

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