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リハビリテーション
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早期職場復帰を可能にするリハビリテーションのモデル・システムの研究開発

職場復帰のためのリハビリテーション~第二次研究に向けて~

豊 永 敏 宏

要約
脳血管障害後の職場復帰を果たすことは、就労者にとって最大のQOL獲得である。職場環境を知る立場にある産業医は、発症早期から復職支援に積極的に関わり復職後のフォローを行う義務がある。そのため、関与する要因が多面的である復職可否要因を念頭に、病態像と障害像を理解した上,適正配置や配置転換に的確な判断が求められる。復職の研究結果から、医療側スタッフとの連携の重要性を示し、産業医の復職支援体制に果たす役割に言及する。

はじめに

脳血管障害の職場復帰(以下復職)の所究は。復職対象者や発症後の追跡期間の明確な設定がが難しいこと、また。それ以上に復職は多面的で関連要因が数多くあり、十分になされていない。今回、全国規模の復職に関する症例を集積し。復職可否要因を分析することでいささかの知見を得たので報告する。特に。産業医が知りうるべき復職に関わる脳血管疾患の病態や障害像について述べるとともに、復職可否要因の中で、産業医の復職支援の関わりの大切さを報告する。

対象と方法

全国の21労災病院から収集した労働年齢(15歳~64歳)の脳血管障害の464例。およびこのうち病前に就業していた351例(男性282例)を対象とした。

これらの症例をPhasel(入院時:60項目)、Phase2 (退院時:35項目)、Phase3 (発症後1年半:25項目)に分け、各Phaseから詳細な情報を採取し、退院時(早期)および1年6ヵ月後における復職可否に関する各種要因の関連性を検証した(図1)。

図1 研究の概略
研究の概略

結果

分析結果は別紙にて詳細に報告しているので、主として産業医に関与する項目について述べる。

1.労働年齢における脳血管障害の発症時特性
a.発生状況
本邦における年問の脳血管障害の発症数は約20万人で、労働年齢の発症は約5~7万人と推定され、このうち約半数に障害が残存し、さらに毎年2~3万人が離職していると推計される。

b.発症時の属性
本研究対象者の発症時の平均年齢は54.9歳、配偶者ありおよび高校卒以下は3/4を占めていた。病型は脳梗塞(52.3%)、脳出血(38.4%).脳梗塞のサブタイプでは脳血栓(47.7%),ラクナ梗塞(33.3%)であった。また、発症時刻は午前中が最も多かった(38.3%).

c.発症時の危険因子
発症時既往歴があったのは高血圧が最も高く(67.9%),次いで高脂血症26.4%の順であった(図2)。その他の危険因子として喫煙習慣ありが46.5%、飲酒習慣ありが56.5%であった。

d.就業者の特性
就業中の発生が38.8%、ブルーカラーが44.8%、企業規模は50人未満が63.2%、役職・管理職(係長以上)は34.6%、発症前に身体的ストレスありは25.6%、精神的ストレスありは35.9%であった。発症と職業の関連性ありとしたのは22.4%であった。

2.リハビリテーション医療と退院時の身体機
全例リハビリテーションを受けている(入院からリハビリ開始日までの日数の平均:10.6±23.7日)。リハビリテーション開始時と退院時における身体機能障害度評価であるmodified Rankin Scale(以下m-RS) (0:全く障害なし、1:症状あるが障害なし、2:軽度の障害、3:中等度の障害:要介助だが杖での独歩可能、4:比較的重度の障害、5:重度の障害、6:死亡)を図3に提示する(n=454).

図2 脳血管障害における既往歴の有症率
脳血管障害における既往歴の有症率

図3 リハ開始時と退院時のm-RS
(開始時 n = 433, 退院時 n = 455)

リハ開始時と退院時のm-RS

3.入院中の合併症
在院日数は58.9±57.2日であった.入院中の脳血管障害の再発は6例(1.3%)であった。
また、合併症の発生は肩関節亜脱臼、痙縮、うつなどが多かった(図4)。その他、精神機能障害(うつ・注意障害・記憶障害・知能障害)は33.8%。高次脳機能障害(失語・失認・失行)は24.3%に合併がみられた。

図4 入院中における合併症の有症率(n = 453)
入院中における合併症の有症率

4.退院時の復職状況
退院時の復職状況は現職復帰が55例(10.8%)、現職復帰検討中が49例(9.6%)、通院中などその他(復職不可)が247例(70.3%)であった。

5.退院時(早期)の復職可否に関する要因分析
退院時に現職復帰した症例および検討中症例を合わせた104例を復職可能群,それ以外の247例を復職不可郡とし,各種要囚との関連性をみた。そして.関連性のある項目を選択し、多変量解析(数量化II類)を行った。これによると、初回のm-RSや役職(管理職の復職率が高い)などは関連性が強かった(身体機能障害度が復職に大きく影響する)。

6.退院後(発症1年半後)の復職
a.復職率の推移
発症後1年6ヵ月までの復職率の推移は図5のとおりであり、発症後3ヵ月前後と1年6ヵ月(傷病手当の期限)前後にピークがみられた。復職日の記入があった症例が確定復職率であり、復職が確定していて未記入であった例が推定復職率である。

図4 復職率の経時的変化
復職率の経時的変化

b.復職支援―産業医との連携
産業医との連携について連携有無と復職可否の関連性を検討すると、連携があった場合に復職可能であった例が多く、復職不可は少なかった(図6)。産業医との連携なしとしたのは130例(87.8%)で大半であった

図6 産業医との連携の有無と復職可能の関連性
産業医との連携の有無と復職可能の関連性

c.その他の復職支援
医療機関や職場上司の支援・連携は連携のあった例に復職可が多かった。

d.職場環境の整備・調整
職場環境の調整の必要のあった例は12例でうち11例は環境整備が施行された。以上の結果をもとに退院後の復職へのモデル・システムを提示した(図7)

図7 職場復帰を可能にしたモデルシステム
職場復帰を可能にしたモデルシステム

考察

これまでの脳血管障害者の復職に関する内外の報告によれば、軽度障害以上の障害者を対象(m-RSの0,1以外)とした場合の復職率はほぼ30%である。この数値は古今の報告において変わっていない。すなわち、ある程度の麻痺を有する約7割の脳血管障害者は復職が困難な状況である。その背景要因を探求するため、研究結果から復職を促進・阻害する要因につき考察し、特に産業医が復職にどのように関与するべきかに焦点を当てて述べる。

1.合併症
脳血管障害は特有の合併症がある。上記したように肩関節亜脱臼や肩手症候群などによる肩関節痛の有症率の報告は27~41%に、うつ症状は26~50%に合併するとされており、かなりの頻度に発生する。また、中等度以上の麻痺ではほぼ全例痙縮がみられ、特に下肢の痙縮に対しては、適切な時期に的確な装具の処方が歩行獲得に大切なポイントとなる。次に、肩関節痛の多くは麻痺直後の亜脱臼が原因であり、痛みに起因する復職の障碍に配慮が要る。さらにうつ症状に対しては抗うつ剤の早期投与の検討も大切になる。そして、痙性麻痺だけでなく、機能障害による運動不足の習慣が体力(フィットネス)低下になって現れ、復職時に持久力が不足し仕事を継続できないことがある。これらの合併症に対しては,可及的早期に適切な対処をしなければ、復職の大きな阻害要因になる。その他、深部静脈血栓症も忘れてはならない(11~75%).まとめると、復職に際しどのような移動・移乗手段が可能であるか、杖は必要か、装具はどのような種類かあるいは通勤手段はどうか、などを綿密に検討しなければならない。これらの情報は職場環境調整に必要な情報源となる。また、上肢の痛み(特に肩関節)があれば復職阻害要因となるため、上肢装具の検討や適切な運動療法も必要となる。これらの脳血管障害特有の合併症を理解した上で復職への方向付けが必要となる。

2.復職可否要因
Saekiによれば。ロジステイック解析の分析結果から、早期の復職には男性と軽度機能障害が関与するとしている。一方、退院後(発症後1年6ヵ月)の復職可否に関しては、本人(家族も含む)の復職の意思・医学的判断・会社の判断などが大きく影響するため、個別的な対応になりがちである。しかしながら、これまで社会的支援の復職関与の臨床比較研究は皆無である。今回の研究結果から、産業医の復職支援有無との関連性については、田中がロジステイック解析により産業医の関わりある例は連携のなかった例に比べ、7.5倍復職に有利であるとしている。(表1)。また、豊田らもロジスティック分析で復職支援(医師の働きかけ・医療機関の支援・職場上司の支援・産業医や職リハとの連携など8項目)のあった方:こ有意にオッズ比が高く、復職支援の重要性を指摘している.このように早期復職を志向したリハビリテーション医療とともに。社会的支援の重要性は今回の研究結果から明らかになったといえる。

3.復職への流れ(復職チャート)における産業医の関わり
以前から産業医など産業保健スタッフと医療機関スタッフとの連携が叫ばれているが、復職判定においてさえも産業医の参加は少なく、産業医と医療スタッフとの連携は十分でないとの指摘がある.障害の実態と職場環境を知った上で復職に関わるべきであるが、医療側だけでなく、産業保健における復職可否判断の標準化された判断材料がないのが背景にあると佐伯は述べている(図8)。
急性期化か進んでいるため、実際には退院後のチャートとなることが多いが、質の高い報告がないため、理想的であると考えられる復職への流れを図示し、産業医のアプローチの内容を付記した(図9)。

表1 復職の有無を目的変数としたロジスティック回帰分析

因子 有意確率 オッズ比 オッズ比の95%信頼区間
下限 上限
発症時の年齢 <0.001 0.831 0.749 0.922
リハ初回評価時のB.I.合計点 0.034 1.014 1.001 1.026
肩手症候群 0,016 0.066 0.007 0.608
産業医との連携 0.012 7.419 1.559 35.303
B.I.とはBarthel Indexの略
優位性の無い変数 有意確率
先行 0.701
最終学歴 0.494

図8 産業保健における復職の課題(佐伯:日本災害医誌1996より)
産業保健における復職の課題

図9 急性期病院における復帰チャートと産業医の役割
急性期病院における復帰チャートと産業医の役割

まとめ

メンタルヘルスにおける復職への取り組みは産業保健スタッフもノウハウが積み重ねられている。今後、身体機能障害においても、多くの復職要因に配慮し的確な復職への道筋をつけていくことが産業医に求められる。このことはコスト面からも本人にはもとより企業にとっても重要なことであると考える。

参考文献

  1. 独立行政法人 労働者健康福祉機構編:「早期職場復帰を可能とする各種疾患に対するリハビリテーションのモデル医療の研究・開発、普及」研究報告書. 2008.
  2. 豊永敏宏:脳血管障害における職場復帰可否の要因―Phase3(発症1年6ヵ月後)の結果から―,日職災医誌57・4,152-160,2009.
  3. SaekiT.Toyonga,T:Determinants of early return to work after stroke in Japan, J of Rehabil Med.42,254-258,2010
  4. 田中宏太佳.豊永敏宏:脳卒中患者の復職における産業医の役割―労災疾病等13分野医学研究・間発、普及事業における「職場復帰のためのリハビリテーション」分野の研究から―、日職災医誌57・1. 29-38,2009
  5. 徳本雅子、豊田章宏、豊永敏宏他:第57回日本職業災害医学会(抄録). p156、2009.
  6. 住田幹男:障害者雇用推進と産業医の役割―阪神地区における産業医アンケ一卜調査―、日職災医誌、47・1,302-305,1999.
  7. 佐伯 覚.永江優子、稗田 寛:産業医活動と職場復帰、日職災医誌44・3,202-206, 1996.

なお、本研究は独立行政法人 労働者健康福祉機構「13 労災疾病研究開発事業」によるものである。
とみながとしひろ・独立行政法人労働者健康福祉機構・勤労者リハビリテーション研究センター九州労災病院勤労者予防医療センター