独立行政法人労働者健康安全機構 研究普及サイト

  • 文字サイズ小
  • 文字サイズ中
  • 文字サイズ大
脊椎・脊髄損傷

脊髄損傷・脊椎損傷とは

「脊髄損傷」のお話し

脊髄とは脳から背骨の中を通って伸びている太い神経のようなものです。頭をポリポリ掻いたり、こっそりつまみ食いをしたり、人間の体を動かす様々な指示は脳からこの脊髄を使って全身に伝わりますので、人間にとってとても大切な部分といえます。

「脊髄損傷」みなさんも聞かれたことがあるかもしれません。交通事故や高い所から落ちたりしたことが原因で起こるケースが大半とみなさん思ってみえるかもしれません。しかし、これは高齢化が進んだ日本ではすでに古い認識で、最近では高齢者が転倒や転落が原因で起こるケースが大半となっています。脊髄は脳と同じ中枢神経なので、一度傷つくと二度と再生することができません。しかもその損傷個所に伴い、体に麻痺が残るので「ただ頭を打って、手足がしびれただけ」と言ってそのままにしておくのは避けた方がよいと思います。通常の単純X線撮影だけでは見逃してしまうような場合もあるので、なるべくCTやMRI撮影を行った方がよいといえます。

最近の日本では高齢化による頸椎変形が原因でちょっとした刺激で引き起こる「非骨傷性頚髄損傷」が増加傾向にあり、日本の脊髄損傷の約70%を占めます。「非骨傷性頚髄損傷」は「中心性頚髄損傷」(頚髄の中心部分が損傷している状態)となることが多いです。頚髄の中心には上半身に行く神経が集まっており、逆に外側には下半身に行く神経が集まっています。「中心性頚髄損傷」では手のシビレや麻痺、物に触れることができないような激しい痛みなどが慢性的に続きます。高齢者で発症時期や発症機転が不明確な場合、しっかりとした検査が実施されず、「脳梗塞」や「加齢変化」などと誤った診断がなされていることもあります。

また、骨粗鬆症など骨が弱っている高齢者などには尻もちをつくなど簡単な外傷が原因で、胸から腰にかけて圧迫骨折・破裂骨折を引き起こすこともあるので注意が必要です。65歳以上の高齢者の約40%に脊椎骨折があるといわれています。しかも「この時にケガをした」ときっかけや原因がわかる割合は約1/3で、約2/3はわからないといわれています。さらに、最近では高齢者や持病を持った人が増えたため、約15%の脊椎骨折がくっつきません。ケガをしたときは麻痺がなかったのに、くっつかないために麻痺が出てきて歩けなくなる人も増えています。さらに、これらが元で「寝たきり」となっていく高齢者も増えています。

ただ現在の所、このような症例の研究はまだ少ないため、診察の基準となるようなデータベースの構築が待たれるところです。

「脊髄損傷の症状」

損傷の程度により、「完全損傷」と「不完全損傷」に分けます。「完全損傷」とは、脊髄の機能が完全に壊れた状態であり、脳からの命令は届かず、運動機能が失われます。また、脳へ情報を送ることもできなくなるため、感覚知覚機能も失われます。すなわち、「動かない、感じない」という状態となります(麻痺)。しかし、全く何も感じないわけではなく、ケガをした部位から下の麻痺した部位に、痛みや異常な感覚を感じます。

「不完全損傷」とは、脊髄の一部が損傷し一部機能が残った状態であり、感覚知覚機能だけが残った重症なものから、ある程度運動機能が残った軽症なものまであります。
受傷後、時間がたって慢性期になると、今度は動かせないはずの筋肉が本人の意思とは関係なく突然強張ったり、けいれん(痙攣)を起こすことがあります(痙性)。
麻痺の程度によっては、手ではハシを使うことや字を書くことが困難、あるいはできなくなり、特殊な道具が必要となります。足では歩くことが困難、あるいはできなくなり、杖や車イスが必要となります。さらに、高い位置の頚椎レベルで脊髄損傷となると手足だけでなく呼吸筋まで麻痺し、人工呼吸器なしには生きられなくなります。

排便や排尿などの排泄機能も障害されますから、オムツや導尿カテーテルなど、排泄に必要な道具が必要となります。また、男性では勃起などの性機能も障害されます。
運動・感覚だけではなく、自律神経系も損傷されます。麻痺した部位では代謝が不活発となるため、ケガなどは治りにくくなります。また、汗をかく、鳥肌を立てる、血管を収縮/拡張させるといった自律神経系の調節も機能しなくなるため、体温調節が困難となります。

「脊髄損傷の合併症」

脊髄損傷による麻痺以外に、色々な全身の合併症が発生します。呼吸器合併症、循環器合併症、消化器合併症、泌尿器合併症、褥瘡などがあります。いずれも生命にかかわる重大なものです。

(1)呼吸器合併症(頚椎部脊髄損傷の場合)
高い位置の頚椎レベルで脊髄損傷となると手足だけでなく呼吸筋まで麻痺し、人工呼吸器なしには生きられなくなります。低い位置の頚椎レベルの脊髄損傷でも、セキがうまくできないので、タンづまりや肺炎を起こしやすくなります。

(2)循環器合併症
脈が遅くなったり(徐脈)、起き上がったときに低血圧となります(起立性低血圧)。足が動かせないことから、深部静脈血栓症(エコノミー・クラス症候群)を生じやすくなります。

(3) 消化器合併症
ケガをしたばかりの急性期には、ストレス性胃潰瘍・十二指腸潰瘍の危険性があります。もし、潰瘍で胃や腸に穴があいても(潰瘍穿孔)、痛みを感じないので、手遅れとなることがあります。また、胃腸の動きも悪くなりますから、腸閉塞(麻痺性イレウス)となることもあります。

(4) 泌尿器合併症
排尿機能が障害されたことにより、尿にバイ菌がつきやすくなります(尿路感染症)。尿路感染症から全身にバイ菌がまわってしまい(敗血症)、死にいたる方がたくさんみえます。尿路感染症を防ぐためには、陰部や排尿に使用する器具の清潔管理・操作が重要です。

(5) 褥瘡(床ずれ)
普通の方は、長時間同じ姿勢で座っていたり横になっていると、床にあたっている部分の血流が不足し、しびれるので無意識的に座っている格好を変えたり、寝返りを打ったりしています。ところが、脊髄損傷によって感覚を失っているとそれがわからず、圧迫された部位が血行不良となって、皮膚や筋肉などの組織が壊れてしまいます(壊死)。褥瘡が発生すると、ここにもバイ菌がつきやすくなります。褥瘡を防ぐためには、こまめに体位を交換する(自力でできない場合は介助が必要となる)しかありません。

「脊髄損傷の受傷原因」

現在日本には10万人以上の脊髄損傷者がみえ、毎年5,000人以上の新たな脊髄損傷患者さんが発生しています。日本脊髄障害医学会の1990~1992年の調査によると、受傷原因の割合は次の通りです。

  1. 交通事故 43.7%
  2. 高所からの落下 28.9%
  3. 転倒 12.9%
  4. 打撲・下敷き 5.5%
  5. スポーツ 5.4%
  6. その他 3.6%

しかし、これらの調査は約20年前のものなので、若年者の脊髄損傷が多く含まれています。現在では若年者の脊髄損傷は減少し、高齢者の脊髄損傷が増加していますから、転倒・転落によるものが増加していると考えられています。

脊髄損傷患者の動向

脊髄損傷患者の動向(疫学)に関しては、日本脊髄障害医学会による1990~1992年の調査が最も大規模で有名なデーターです。その後も、全国労災病院脊髄損傷データーベースにて、疫学調査が行われています。

これらのデーターで重大な問題となることは、以下の点です。

(1)より深刻な後遺症を残す頚椎部の脊髄損傷が約75%を占める。
(2)頚椎部の脊髄損傷が増加し続けている。
(3)高齢者ほど頚椎部の脊髄損傷の割合が高い。
(4)高齢者の骨が折れない頚椎部の脊髄損傷(非骨傷性頚髄損傷)が増加し続けている。