独立行政法人労働者健康福祉機構 研究普及サイト

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脳・心臓疾患

過去の研究の目的及び意義

①労働、心理ストレスと脳、心臓疾患発症の関係に関する亘理町コホート研究

(目的)
アメリカに端を発した経済危機の影響は日本にも波及し、いまや不況の影響は日本の末端にまで及ぶ傾向にある。地方の勤労者においても、失業のストレス、失業しない勤労者でも過重労働にさらされるストレスが増加している。さらに非勤労者においても、生活不安がたかまり、心理ストレスは確実に増大しているように思われる。このように経済状況が不安定化することにより生ずるストレスは、勤労者はもちろんのこと、非勤労者においても動脈硬化の素地を発生させ、脳、心臓疾患発症のリスクを高める可能性が懸念される。一方、過労死の認定件数は2000年以降、高め安定で推移しており、このような経済社会状況では、さらなる増加が懸念されるところである。本研究の目的は、100年に一度といわれる経済不況下において、勤労者の職業ストレスが、動脈硬化の基礎病態を作り出し、脳、心臓疾患の発症を引き起こすか否か、もし、そうであれば、脳、心臓疾患の発症を微量アルブミン尿が予測しうるか否か、を多様な職種を含む地域コホートを対象として検討することである。

(意義)
我々は、第一期の過労死研究において、労働者健康福祉機構職員を対象として、残業時間や職業ストレスと脳、心臓疾患発症との関連を検討した。その結果、仕事の低活用尺度(自分の知識や技術が活用さていないと感ずること)が高いことや仕事のコントロール尺度が低いと、脳、心臓疾患の発症率が高まることを明らかにした。また、年間残業時間が500時間を超えると、特に、若年労働者においてメタボリックシンドロームのリスクが上昇することを見出した。本研究では、第一期研究により得られたこれらの結果が、他職種にも当てはまるか否かを調べ、その普遍性を検証する意義がある。日本の過労死統計によれば、過労死の多い職種は、運輸業、製造業、小売業などであり、医療分野は必ずしも過労死の多い職域とはいえない。従って、他職種での検討が必要である。また、本研究では、近年、世界的に動脈硬化の初期指標としての有用性が確立されつつある尿微量アルブミンを同時に測定し、労働ストレスによる脳、心臓疾患発症の予測因子になるか否かもあわせて検討する。これらの検討により、過労死を予防するための職場管理のあり方を提言することが可能になり、過労死のハイリスクグループを早期発見することも可能になると思われる。本研究は、勤労者医療を展開する上できわめて貴重なエビデンスを提供するものである。

②長時間労働と脳、心臓疾患発症の関連に関する日中共同研究

(目的)
過重労働による脳、心臓死の増加は経済発展著しい中国でも問題になり、関連の事例がインターネットで多数みることができる。中国では、過重労働と脳、心臓疾患発症についての研究はほとんど行われておらず、現状を看過すると、過重労働による脳、心臓死は益々増加する可能性がある。中国においても、労働者を過重労働から守るための政策立案が求められるところである。本研究では、中国の勤労者において、労働時間、労働ストレスと動脈硬化、脳、心臓疾患発症の関係を長期的に検討し、日本の勤労者に見られたような、過重労働と脳、心臓疾患発症の関連がみられるか否かを検討し、過重労働による健康障害予防のためのアジア基準を確立することである。

(意義)
中国で働く日本人労働者は急増しており、今や、上海には10万人以上の日本人が住み、ニューヨークを抜いて世界一となった。今後、日本と中国の経済協力はますます緊密になることが予想される。このことは、日本人が中国人の労働管理下におかれる機会も増やすものと推測される。一方、2009年6月22日の東京新聞によれば、日本ではたらく外国人の研修、技術生の死亡者が2008年度は34人となり過去最高となった。死因の最多は脳、心臓疾患である。研修者のほとんどが20~30代の若年労働者であることを考えると、過労死の可能性が高いという。記者会見した中国からの研修生は月100~130時間の残業をしていたという。このことは、外国で働くことのストレスの多さ、外国で働く場合に、労働環境などが劣悪になる可能性など多様な問題を提起した。いずれにせよ、同様の問題が中国で働く日本人労働者にも起こる可能性がある。従って、中国と日本の両国に共通の過重労働防止策を確立することは、中国に対する労働政策的貢献のみならず、日本人労働者を保護するという重要な意義がある。本研究は、中国における過重労働防止策策定のエビデンスとなり、中国で働く多数の日本人の健康保持に役立つものと思われる。

③過重労働が健康障害を引き起こす機序の解明に関する研究

(目的)
過重労働により疲労が蓄積すると、自然経過を超えて、動脈硬化が進行し、脳、心臓疾患を発症すると考えられている。これは、現在までの事例の分析から構築された考え方で、過労死認定の基礎となる概念である。しかし、過重労働―疲労―動脈硬化の関連性を科学的に検証した研究は極めてすくない。諸外国では、過重労働が脳、心臓疾患発症の引き金になるとの考え方に、疑問を呈する研究者もいるが、それは、過重労働が動脈硬化の基礎病態を引き起こすということを直接的に証明した研究が少ないことによると思われる。本研究の目的は、長時間労働と疲労、心理、行動学的変化、生体の恒常性維持機構としての内分泌反応系との関連を詳細に検討することで、長時間労働による動脈硬化発症の機序を明らかにすることにある。さらに近年、動脈硬化の基礎病態として注目される酸化ストレスにも焦点を当て、長時間労働との関連性を検討する。

(意義)
二つの大きな意義がある。第一に、長時間労働が、動脈硬化の基礎病態を引き起こす機序を明らかにすることができれば、その予防策を講ずることが可能となる。第二に、現在のところ過労死の認定基準は日本にしかない。しかし、経済がグローバル化すると、競争は世界的なものとなり、また、日本人が海外で働く可能性なども増えることから、世界的な過労死認定基準というものが求められる。長時間労働が動脈硬化の基礎病態をつくりだすというエビデンスは、グローバルな過労死認定基準の構築に道を開くものと思われる。

国内・国外における研究状況及び特色・独創的な点

①労働、心理ストレスと脳、心臓疾患発症の関係に関する亘理町コホート研究

(国内外の研究状況)
日本においては、1970年以降、労働と関連して発症したと認定された脳、心臓疾患例の個別の事例検討や過重労働による健康障害発症に関する医学的研究等の蓄積により、行政による過労死の認定基準が作成された。それらは、1)急激な血管収縮や血圧変動を引き起こすような異常な出来事の存在、2)短期間(1週間)の過重業務の存在、3)発症前1ヶ月に100時間を超える時間外労働、もしくは2~6ヶ月間に平均で月80時間を超える時間外労働をおこなった、というものである。従って、労働に伴う慢性的な精神心理的な要因と過労死の関係、あるいは、過重な労働が脳、心臓疾患を引き起こす機序や予測因子についての研究はほとんどない。また、過重労働がどのような機序で動脈硬化を悪化させるのかという点も不明な点が多い。国外においても過重な労働が様々な健康障害を引き起こすとの報告はあるが、脳、心臓疾患の発症と労働の因果関係を証明するのは医学的に困難との見方も多く、過労死の認定基準を作成している国は日本以外にはない。

(特色・独創的な点)
本研究の特色は2つある。
一つは、多様な職種が存在する小さな町で、労働ストレス、労働時間と脳、心臓疾患発症の関係を長期的に検討することで、質的な労働ストレスと脳、心臓疾患発症の関係、あるいは長時間労働とメタボリックシンドローム発症との関係といった我々が第一期研究で見出した事実の普遍性を検証することである。
二つめは、尿中微量アルブミンという新しい指標を測定することで、これが過労死の予測因子になるか否かを検証するというものである。尿中に排泄される微量アルブミンは糸球体の内皮障害を反映し、脳、心臓疾患の発症を予測することが、高血圧や糖尿病のみならず一般住民でも報告されている。従って、尿中微量アルブミンは動脈硬化性疾患発症の基礎病態と位置付けられる。本研究では、特定健診にあわせて、尿微量アルブミンを地域住民全員で測定し、同時に、職業ストレス、心理ストレスを評価することで、ストレス、動脈硬化リスク、動脈硬化性疾患の発症が連動するか否かをあきらかにし、微量アルブミン尿の過労死予測因子としての役割を検証する。

②長時間労働と脳、心臓疾患発症の関連に関する日中共同研究

(国内外の研究状況)
日本においては、過重労働による脳、心臓疾患の認定基準としては長時間労働が重視されている。これは、月の残業時間が80時間を超えると脳、心臓疾患発症のリスクが増えるとのエビデンスによる。我々は労働者健康福祉機構職員を対象とした調査研究から、年間残業時間が500時間を超えるとメタボリックシンドロームの頻度が増えること、また、仕事の低活用尺度が高い(自分の技量がうまく職場で生かされていないという認識が高いこと)、あるいは仕事のコントロール尺度が低いと、脳、心臓疾患発症が起こりやすくなることを見出した。従って、長時間労働はメタボリックシンドロームのリスクを増加させ、間接的に脳、心臓疾患発症に関連する可能性があること、労働に伴う精神、心理状態等も動脈硬化の進展に関連しうる可能性があることを明らかにしてきた。

(特色・独創的な点)
本研究の特色は2つある。一つは、今まで、日本で蓄積されたエビデンスが中国の労働者にもあてはまるのか?すなわち、日本のエビデンスは国境を越えてあてはまるか否かを明らかにすることである。これにより、日本の過労死基準を基礎とした中国基準の策定が妥当か否かが示される。二つめは、近年、動脈硬化の初期病変として注目されている微量アルブミン尿が過重労働に伴い増えるか、そして、結果として脳、心臓疾患の発症を予測するか否かを検討することである。

③過重労働が健康障害を引き起こす機序の解明に関する研究

(国内外の研究状況)
動脈硬化の危険因子として最も重要なものは、高血圧、高血糖、脂質異常症である。日本人を対象として、長時間労働と高血圧、糖尿病発症の関連を見た研究では、高血圧、糖尿病の発症リスクを増すとの報告がある一方で、反対にリスクを減らすとの報告もある。我々は、労働者健康福祉機構職員を対象として、年間残業時間とメタボリックシンドローム保有状況の関連を検討した。その結果、年間残業時間が500時間を超えるとメタボリックシンドローム保有のリスクがおよそ2倍になること、このリスク上昇は45歳未満の若年労働者でみられるが、45歳以上の労働者には見られないことを見出した。さらに、仕事の低活用尺度(自分の知識や技量がうまくいかされていないと感ずること)が高いことや仕事のコントロール尺度が低いと脳、心臓疾患のリスクが高まることも見出した。従って、長時間労働は、一様に健康障害を引き起こすわけではなく、その背景には、仕事に対する満足度や、裁量権、ストレスなど多様な要因が関連する可能性が示唆された。

(特色・独創的な点)
本研究の独創的な点の第一として、長時間労働に伴う身体変化を、かつてない緻密性をもって検索することがある。すなわち、月の残業時間の増加が、下垂体(ACTH)、副腎(コルチゾール、アルドステロン、DHEA-S、アドレナリン)、すい臓(インスリン、グルカゴン)、腎臓(レ二ン)に及ぼす影響、さらに、酸化ストレス指標である尿酸化LDL、DNAや細胞膜の酸化ストレス指標である8-OHdgと8-イソプロスタンを測定し、動脈硬化指標として、微量アルブミン尿、脈波伝搬速度(baPWV)を測定する。第二に、長時間労働に伴う健康障害の個体差を決定する要因として、仕事の低活用尺度(自分の知識や技量がうまくいかされていないと感ずること)や仕事のコントロール尺度、ストレス度、行動要因などが介在するか否かを検討する。これらの検討により、長時間労働の身体に及ぼす影響とその修飾因子が詳細に検討され、効果的な過労死予防法の提言が可能となる。

主任研究者:東北労災病院勤労者予防医療センタ-
相談・指導部長 宗像 正徳の主な普及活動

学会発表

平成20年6月14日よりベルリン(ドイツ)にて開催された第22回国際高血圧学会、第18回ヨ-ロッパ高血圧学会合同総会にて、労災疾病13分野研究「過労死」ならびに「メタボリックシンドロ-ムに対する適切な生活指導を確立するための多施設共同研究:J-STOP-MetS」の研究成果を発表

〈演題〉
  1. 年間500時間を超える残業時間はメタボリックシンドロ-ムのリスクを増す。-過重労働と動脈硬化の関係-
  2. メタボリックシンドロ-ムにおけるストレス状況下における過剰な食行動
平成21年6月12日よりミラノ(イタリア)にて開催された第19回ヨ-ロッパ高血圧学会にて、研究成果を発表
〈演題〉
  1. 亘理町の基礎デ-タにおける過労死関連研究の発表
  2. J-STOP-MetS 2最終結果
平成22年6月18日よりオスロ(ノルウェ-)にて開催された第20回ヨ-ロッパ高血圧学会にて、研究成果を発表
〈演題〉
一般住民における軽度血糖上昇状態における微量アルブミン尿の機序(亘理町研究)
平成22年9月26日よりバンク-バ-(カナダ)にて開催された第23回国際高血圧学会にて、研究成果を発表
〈演題〉
  1. 一般住民において血清尿酸値は微量アルブミン尿の独立した危険因子である(亘理町研究)
  2. 長時間の残業と高血圧、脂質異常症、糖尿病保有のリスク(労災過労死研究)

マス・メディア

  1. 日経メディカルオンライン 学会内容配信
    2010.9.30 高血圧は長時間労働の影響を受けやすい~労災過労死研究~
    2010.10.4 一般住民において血清尿酸高値は微量アルブミン尿の独立したリスク因子~亘理町研究~
  2. ライフサイエンス出版のサイト「http://epi-c.jp/」
    2010.11.29 第33回日本高血圧学会総会
    残業の影響をもっとも受けやすいのは血圧~労災過労死研究~
    2011.3.8 第32回日本高血圧学会総会
    正常高値血圧、正常高血糖は、Metsとは独立に微量アルブミン尿と関連~亘理町研究~
  3. Medical Tribune誌 学会内容等
    2010.9.23 ヨ-ロッパ高血圧学会2010に参加して~印象記~心血管疾患リスク低減に向けた世界的取り組み進む
    2010.11.18 第33回日本高血圧学会
    年間残業時間の増加と高血圧のリスク上昇は有意に関連~労災過労死研究~
  4. 日本職業・災害医学会会誌  58:206-213,2010掲載 勤労者における年間残業時間と高血圧、脂質異常症、糖尿病保有状況の関係 ~労災過労死研究~
  5. 日経メディカル2010年12月号 特別編集版
    2010.12.10 脈波速度は糸球体機能異常の有用な指標に~亘理町研究~
  6. 日本医事新報  島本 和明・札幌医科大学学長との対談内容掲載
    2010.12.25  勤労者メタボリックシンドロ-ムの実際 ~臓器障害の指標と家庭血圧測定の重要性~
  7. Hyppertension Research誌のインタ-ネット版に配信
    2011.1.13 J-STOP-METS final results