独立行政法人労働者健康安全機構 研究普及サイト

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物理的因子

職業性皮膚疾患の診断、治療、予防のためのデータベース構築に関する調査研究

目的

本研究では,我々をとりまく化学物質(職業性皮膚疾患起因物質)の皮膚病変誘発性の情報収集とその評価を,包括的に行うシステムを構築する。

(1) 職業性皮膚疾患とは

職業性皮膚疾患とは、勤労者が業務遂行する際に高温、低温、光線等の様々な刺激を皮膚に受けて発症する種々の皮膚疾患のことである。その病理学的な発症経緯は、物理的刺激、化学物質による刺激、中毒、アレルギーなどが考えられる。
一方、労災補償の対象となる皮膚疾患は、業務と皮膚疾患の間に相当因果関係があるものを対象としているために、個人の特異因子が大きく関与するアレルギーは、原則として業務外としているが、勤労者が良好な職場環境の中で、生き生きと働くことができるようにすることが、勤労者医療において、重要であるので、アレルギー性皮膚疾患も職業性皮膚疾患に含めることとした。

(2) 対象とする皮膚疾患

種々ある職業性皮膚疾患の中で、その多くは、湿疹・皮膚炎である。平成4年4月から平成7年3月に労災病院を中心にして行われた「職業性皮膚障害の実態、発生機序ならびにその予防に関する研究」で、73%を占めている。また、湿疹・皮膚炎は、接触により発症するが接触部位の関係から罹患部位が手等、仕事に必要な部位が多い。その診断方法は、湿疹・皮膚炎の症状を抑える対症療法だけでなく、その原因を特定し、原因となる刺激から皮膚を遮ることが根本治療となるが、職業上接触せざるを得ない場合は、その苦痛や不快感から配置転換、転職を余儀なくされる場合がある。
湿疹・皮膚炎の原因が、労働安全衛生法で定められた有害物質の場合は、曝露防止、健康診断、作業環境測定、代替物質の使用などの防止策が取られ、診療費も労災保険の適用となる。また、労働安全衛生法上の有害物質と定められていなくても、人体への有害性が認められれば、労災補償の対象としている。
一方で、湿疹・皮膚炎の原因が、労働安全衛生法で定められた有害物ではなく、かつ、人体への有害性も認められない場合は、アレルギー反応であることが多く、アレルギーという個人の因子が大きいとして原則として労災補償の対象とならず、その結果アレルギー性皮膚炎は、有害物による皮膚炎に比べて、防止対策や治療法への取組が遅れていた感は否めない。
また、アレルギー性のものは勤労者の個体因子として考えられるが、配置転換、転職に繋がりやすいことも事実である。

(3) 臨床上の問題点

湿疹・皮膚炎の外的因子を特定する方法としては、労働(例:理容師・美容師による毛髪の調整など)の際に使用し、皮膚に接触した可能性のある物質(例:シャンプー、ヘアダイ)が分かれば、製品そのもの(as is)を用いてパッチ・テスト(以下PTと言う)を行い、皮膚の発赤などのアレルギー反応の有無で原因物質を特定している。
しかしながら、それ以上の特定は、これまでの研究成果により分かっている成分を除いて、製品の容器や包装に成分及びその含有量の表示がないこともあるために断念せざるを得ない状況にある。メーカーからの成分及び含有量表示が企業秘密の観点から困難なときもあり、これまでの研究成果で分かっている製品の成分もまとまったデータベースとなっていないため、臨床医としては、成分を特定する術がなく、現物のどの成分がアレルゲン物質かを特定することも困難である。

(4) 予防上の問題

職業性皮膚疾患の予防は、職場の現状把握、原因特定と曝露対策が重要であるが、その任の中心にあたるのが産業医である。その産業医は、必ずしも職業性皮膚疾患に造詣の深い皮膚科医とは限らないことから、適切な原因調査、原因の特定、対策の策定、実施といった有効な予防策がとられていない状況もある。
また、従業員が50人以上の事業場の場合には、産業医が選任されて職務を行っているが、実際、皮膚科外来を受診する患者が、産業医がいない事業所の勤労者であることも多い。そのような勤労者は、職業性皮膚疾患に対する有効な予防策は、当然取られていない事が多いと考えられる。

(5) 研究概要

職業性皮膚疾患NAVIを用いて、皮膚疾患起因物質の特定、収集を行い、皮膚科医や産業医が適切な職業性皮膚障害防止対策をとるための研究開発を行う。

ア 職業性皮膚疾患を引き起こす化学物質収集方法の研究・開発
(ア) 職業性皮膚疾患を引き起こす原因物質の文献学的情報収集と分析
現在発表されているパブリッシュされた文献の中から、職業による皮膚疾患に関する文献を検索し、実際PTを実施したデータを抽出、どういった物質が多く、どういった職業の人がどういった障害を受けているかを収集・分析してデータベースを構築する。

(イ) 成分及び含有量が、表示されていない製品から製品の成分及び含有量を分析し、細胞実験系で確認し、起因物質の特定化を行う。全国の労災病院の皮膚科を受診した患者から皮膚疾患を起こした製品を持ってきてもらい製品名やその成分を分析したものを、(ア)のデータベースに加える。

イ 産業医等を対象とした職業性皮膚障害に対する職場作業環境管理の進め方に関するガイドライン作成
職業性皮膚疾患が起きている事業所または、業界へ問題を提起し、協力を依頼する。また必要があれば、産業医へ依頼し、どんな物質を扱って障害が起きているか調査し、個々の事例を積み上げた皮膚科的職場管理の方法を、産業医と協議し、ガイドラインとして作成し、提案する。

ウ 「職業性皮膚障害の研究」の追跡調査
平成4年4月から平成7年3月に全国の12の労災病院及び、産業医科大学、熊本大学で実施した「職業性皮膚障害の実態の研究」から15年が経過したことから、その追跡調査を実施し、その間の我が国の経済社会情勢の変化が、職業性皮膚障害の実態にどのような変化を与えたかを考察する。
労災病院の皮膚科に通院している人が対象のため職業性皮膚疾患の代表例であるとはいいがたいが、他にこのような大規模な調査がないため実施することとしたい。

意義

ア 職業性皮膚疾患を引き起こす起因物質データの蓄積は、皮膚科医や産業医が参考になるだけでなく、代替物質を検討する際にも有用である。代替物質の使用が可能であれば、熟練技術を有する者が、配置転換、転職の必要が無くなるばかりでなく、苦痛や不快感から解放され勤労者のQOL(クオリティーオブライフ)も向上する。
また、事業場にとっても熟練労働者の配置転換、転職を防ぐことは、事業運営上、有用である。
一方、メーカーにとって起因となりうる物質の出来るだけ少ない製品開発を行う上で有用となろう。

イ 職業性皮膚疾患データベースの蓄積や職業性皮膚障害に対する職場作業環境管理のガイドラインの作成は、産業医等衛生担当者の適切な予防活動に貢献することが期待でき、職業性皮膚疾患患者数の減少も見込めるところである。

国内・国外における研究状況及び特色・独創的な点

職業性皮膚疾患の診断、治療、予防のためのデータベース構築に関する調査研究

(国内外の研究状況)
国内外の皮膚科領域の研究者によって、職業性皮膚疾患の原因となる成分の研究はあるが、それらの成果を網羅的に収集し、検索するシステムはわが国をはじめ世界的にも存在していない。

(特色・独創的な点)
職業性皮膚疾患を網羅的に収集し検索するシステムの研究、開発自体が独創的な研究であり、臨床医にとっても非常に有用な研究である。
産業医等衛生管理者を対象とした職業性皮膚疾患に対する職場作業環境管理の進め方に関するガイドラインの作成研究は、わが国においてなされていない。
また、職業性皮膚疾患については、皮膚科領域の研究者から症例報告を中心になされているが、大規模な疫学調査は、労災病院関連施設以外でわが国では行われていない。