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脳卒中患者の復職に対するリハビリテーション科学の関わり「13分野労災疾病等研究の知見より」

脳卒中患者の復職に対するリハビリテーション科学の関わり
「13分野労災疾病等研究の知見より」

独立行政法人労働者健康福祉機構勤労者リハビリテーション研究センター
中部労災病院リハビリテーション科 田中宏太佳

独立行政法人労働者健康福祉機構勤労者リハビリテーション研究センター
九州労災病院勤労者予防医療センター 豊永 敏宏

はじめに

疾患や外傷の回復による日常生活動作(ADL)の改善に加えて、可及的速やかに職場復帰を果たすことは勤労者・いわゆる労働年齢にある障害者 において生活の質(QOL)獲得の大きな部分を占め、また社会においても価値が大きいと思われる.
2004年4月に、厚生労働大臣から労働者健康福祉機構に対して労災病院が重点的に担う13分野の労災疾病等の1つとして「職場復帰のためのリハビリテーション」の研究・開発、普及を行うことが提示された。
具体的な課題として「円滑な職場復帰を図るために、それぞれの患者の障害の状況、職場での作業内容等に対応した職場復帰プログラムに基づくリハビリテーション医療が必要である」とされ、各労災病院を横断的に組織化された勤労者リハビリテーション研究センターが設置され労災病院で治療された脳卒中を対象に調査研究が行われることになった1.2)

早期職場復帰について

対象は、15歳から64歳までの労働年齢者で、2005年2月1日から2006年7月31日までに、再発や一過性脳虚血発作を除き新規に発症し全国の労災病院でリハビリテーション(以下、リハ)治療を受けた症例で、データ収集の際文書で同意の得られた患者のみを対象とした、倫理審査委員会においても承認された。
方法は、本部にあるデータセンターと各病院との通信回線を、ネットワークシステムとして運用することとし、すべてのデータが送信されるシステムを予め構築し、運用には指紋承認など個人情報のセキュリティーを重視した方法を採用した。研究統括センターに集積データの情報開示が可能となるようにした。対象の脳卒中患者の調査項目は、用意されたデータベースに各施設で入力された。データベースは入院時調査、退院時調査、発症後1年半時の調査に分けられた。これらのデータはすべてデータクリーニングが行われた。
Phase1は入院時調査:60項目で、入力必須項目として発症年月日、業種・職種及びブルーカラーかホワイトカラーかという主たる業務、入院年月日、リハ開始日など13項目、一般的な属性は脳卒中発症前の生活スタイルや既往歴など、勤労状況、身体的および精神的ストレスの有無など、疾患および障害の評価として、脳卒中の診断病型、機能的障害度としてmodified Rankin Scale(mRS)3)、機能的生活自立度としてBarthel Index(BI)4)、やる気スコア5)などである。
Phase2は退院時調査:35項目で、入力必須項目は退院日、入院中の合併症として高次脳機能障害、うつ状態・記憶低下などの精神機能障害、肩関節亜脱臼、痙縮など、退院時のmRS、BI、Mini-Mental State Examination(MMSE)6)、やる気スコアなど、退院時の早期職場復帰に関する情報として、職場復帰に向けたリハの有無、退院時の転帰、退院時の雇用状況などである。
Phase3は発症後1年半後調査:25項目で、就業者のみを対象とした。必須項目は、生存・再発・死亡という発症後の安否状況、その他調査項目は復職状況、復職に関する医療機関の復職支援状況、職業リハ機関との連携、産業医との連携、職場上司との連携などを調査した。
全国の労災病院21施設からPhase1およびPhase2の情報を収集できた症例は464名で、このうち主婦・学生・無職を含まない就業者は351名である。 情報収集できた対象者464名のプロフィールにおいて、脳梗塞52%・脳出血39%・くも膜下出血9%で一般の脳卒中データバンクと比較して脳梗塞の比率は低下している。平均年齢:55.5歳±7.8(N=464)、発症時BI:40.5点±38.4(N=429)、リハ初回評価時BI:54.4点±36.8(N=454)、退院時平均BI:88.9点±22.4(N=454)であった。
全対象者464名の退院時合併症は、嚥下障害17%、構音障害23%、失語17%、失認14%、失行7%、てんかん4%、心不全2%、肩手症候群7%、肩関節亜脱臼10%、低栄養2%、痙縮10%、中枢性疼痛5%、うつ状態8%、注意障害23%、記憶障害20%であった。
就業者351名において、退院時における結果を復職可能群と不可能群において単変量解析で比較した。(1)入院までの日数、リハ開始までの日数、さらに在院日数においても早期復職群が短い、(2)退院時のMMSEは復職可能が有意に高い、(3)業種(ブルーカラーかホワイトカラーか)においてはホワイトカラーの方が復職の可能性が高い、(4)職業的地位は管理職の方に復職可能群が多い、(5)上肢および下肢機能障害について、有意に補助・廃用機能障害のある方に不可能群が多い。(6)病型別によるものではラクナ梗塞のみが、その他の病型に比べ復職可能群が多い、(7)高次脳機能障害(失語・失行・失認)のある場合には、復職可能群が少ない、(8)精神機能障害(うつ・記憶障害・知識障害)のある方が、復職可能群が少ない、(9)肩関節亜脱臼・痙縮などがある方に有意に復職不可能群が多い、(10)mRSを軽症(0~1)、中等症(2~3)、重症(4~5)に分け復職可否をみると、入院時・退院時ともに、重症度が高いほど復職可能が少ない、(11)BIを(軽症75~100)、中等症(50~74)、重症(0~49)に区分して解析したところ、入院時・退院時とも有意に重症度が高いと復職が少ない。
就業者351名において、復職可能群および不可能群と各変数との関連性についての多変量解析での検討では、(1)労働年齢においては復職に年齢は関与しない、(2)性別は復職に関連はない、(3)ホワイトカラーは復職可能例が多くブルーカラーは復職できにくい、(4)管理職は復職しやすく一般職はしにくい、(5)発症危険因子には復職は関与しない、(6)ラクナ梗塞は復職しやすい、(7)早く入院するほど、早くリハを開始した場合ほど復職可能群が多い、(8)復職は障害の重度なほど、また自立度が低いほど困難である、(9)高次脳機能障害や精神機能障害が有れば復職が困難になる、(10)認知機能低下は復職しにくい、(11)身体的合併症は特に肩関節の課題が復職に影響する、(12)復職には早期からの本人や家族への働きかけや本人の復職への意欲が重要である,(13)復職の可否判定は概ね正しい判断ができている、ことが示された。

発症1年半後における復職について

対象は, Phase 1およびPhase2の情報を収集できた症例のうち就業者351名から、発症1年半後にPhase3の回答を得た数は296名で回収率は84.3%であった. Phase3の回答を得た者のうち「産業医との連携」についての項目に記載のあった141名を分析の対象とした。発症から1年半後の復職状況は、復職群は85名、非復職群は56名であった。
単変量解析で、最終学歴は高学歴になるほど復職し易い、発症時とリハ初回および退院時のBIの合計点は復職群で高い、退院時MMSEの合計点は復職群で高い、リハ初回評価時および退院時mRSは障害が重度なほど復職しにくい、退院時嚥下障害・麻痺側上肢機能・麻痺側下肢機能・失認・失行・神経因性膀胱・肩手症候群・肩関節亜脱臼・注意障害・記憶障害・知能障害・易疲労性・下肢機能(歩行)能力の項目では障害が重度な場合復職しにくい、産業医との連携では連携が良好な場合復職しやすい、発症時の年齢は復職群で若いことが示された。
1年半後の復職の可否に関する分析を行うに当たり、単変量解析で有意であった因子の中で、多変量解析の独立変数として互いに交絡のない因子として、リハ初回評価時のBI合計得点、失行、最終学歴、産業医との連携、肩手症候群、発症時の年齢を独立変数として選定し、1年半後の復職の可否を従属変数としてロジスティック回帰分析を行った。
結果は、表に示すように失行と最終学歴は有意な独立変数とはみなされず、オッズ比の検討から、発症時の年齢が若いほうが、リハ初回評価時のBI総得点の大きいほうが有意に復職しやすいことがわかった。また肩手症候群があると1年半後の復職は難しく、産業医との連携がある場合のオッズ比は7.5と復職が良好であった。

表1 1年半後の復職の有無を目的変数としたロジスティック回帰分析

因子 有意確率 オッズ比 オッズ比の95%信頼区間
下限 上限
発症時の年齢 0.001 0.835 0.754 0.925
リハ初回評価時のB.I.合計点 0.029 1.014 1.001 1.027
肩手症候群 0,008 0.042 0.004 0.435
産業医との連携 0.012 7.535 1.561 36.377
優位性の無い変数 有意確率
先行 0.596
最終学歴 0.589

早期および発症1年半後における復職についての結果のまとめ

早期復職に重要な因子は、(1)職種、(2)役職、(3)病型、(4)早期リハの導入、(5)麻庫や能力障害の程度、(6)高次脳機能障害や精神機能障害の有無、(7)認知機能障害、(8)身体的合併症脳卒中患者の復職に対するリハビリテーション科医の関わり(特に肩関節関連),(9)早期から本人や家族への働きかけ、(10)本人の復職への意欲であった。
発症後1年半後の復職に重要な因子は、(1)年齢、(2)リハ初回評価時のBIの合計点、(3)肩手症候群の有無、(4)産業医との連携であった。

考察

これまで蓄積された脳卒中の復職に関する研究と今回の研究結果を比較すると、全く新規の知見が見出されたわけではなく従来の研究結果をより強く裏付ける結果となった。リハ医療におけるチームアプローチは重要であるが、近年の急性期医療においては医療保険制度に対応するために早期退院を目指し復職を念頭に置いたリハプログラムは軽視されがちである。しかし復職を早期から視野に入れたリハプログラムの周知を図るべきである。図1には職種に応じた復職への役割を示した。
図2には、医療ソーシャルワーカー(MSW)、臨床心理士、言語聴覚士、義肢装具士における職場復帰を目指すための役割を示した。特にMSWの役割は重要で、急性期病院においても復職コーディネーターとしての働きが期待されている.この解析で合併症が重要な因子となることが示されたが、復職に向けた合併症の管理は重要である。また、近年大脳の可塑性研究から発展した神経リハが注目されているが、復職に向けたリハにおいてもこれら新規治療法の積極的な導入が必要になると思われる。
1年半後の復職においては、産業医との連携が有益であることが示された。産業医の職務の中で、勤労者の復職への関わりは「復職健診」として健康管理活動の1つとして位置付けられている。配置転換や作業時間の短縮など、復職指導・就業制限の措置を実施する。つまり企業内で、産業医は職務の適正を判断し促進する当事者であり、中途障害者の復職の可否に大きく関与しておりリハ科医から産業医への早期から継続的な連携が有益であると思われる。
分析から復職に関していくつかの社会経済的な要因が重要であることが示された。企業との関係において、退院時の雇用状況は在職であることが望ましいが、不幸にも失職してしまった場合、障害者雇用に関係したわが国の制度を早期に導入することが有益である.
 「障害者の雇用の促進等に関する法律」には、職業リハの制度が示されている。
事業主には、障害者雇用率(民間企業は1.8%)以上の身体障害者または知的障害者を雇用しなければならないという決まりがあり、障害者の失職を予防する手立てとなる可能性もある。また障害者雇用納付金制度として法定雇用率が未達成の事業主に課せられる障害者雇用納付金の納付、法定雇用率達成事業主には障害者雇用調整金が支給される。雇用率達成指導として、国は雇用状況報告を確認し、是正されない場合は企業名の公表という、企業にとって社会的に不名誉な指導が行われる場合もあり、このような制度も障害者の立場に立った場合活用する価値がある。

図1 職場復帰を目指すためのスタッフ役割(その1)
職場復帰を目指すためのスタッフ役割(その1)

図2 職場復帰を目指すためのスタッフ役割(その2)
職場復帰を目指すためのスタッフ役割(その2)

おわりに

勤労年齢に発症した脳卒中において、復職はQOLにおける重要な課題であるために、早期からの原疾患の適切な治療およびリハのチームアプローチを推進することにより障害を軽減することが重要である。合併症や並存症の管理体制を構築し、復職における予後の見極めを適切に行う必要がある。社会経済的および産業医学的な因子も復職に大きく影響することが明確に示されたので、障害者雇用制度の利用や産業医との連携などにリハ科医も積極的に関わるべきである。脳卒中の治療早期から、復職をコーディネートできる専門的な関わりができる人材育成は重要であると思われる。

本研究は、独立行政法人 労働者健康福祉機構「労災疾病等13分野医学研究・開発、普及事業」によるものである。【「職場復帰のためのリハビリテーション」分野のテーマ:早期職場復帰を可能とする各種疾患(特に脳血管障害)に対するリハビリテーションモデルの研究・開発】
労災疾病「職場復帰のためのリハビリテーション」分野の主任研究者:豊永敏宏(九州労災病院)、分担研究者:往田幹男(関西労災病院)・豊田章宏(中国労災病院)・富永俊克(山口労災病院)・田中宏太佳(中部労災病院)・河津隆三(九州労災病院)、共同研究者:徳弘昭博(吉備高原医療リハビリテーションセンター)・佐伯覚(産業医科大学)
症例提供施設:九州労災病院(豊永敏宏・河津隆三)、中部労災病院(田中宏太佳)、山口労災病院(富永俊克)、東京労災病院(鈴木久美子)、関西労災病院(住田幹男)、中国労災病院(豊田章宏)、吉備高原医療リハビリテーションセンター(徳弘昭博)、関東労災病院(内田竜生)、富山労災病院(木谷隆一)、門司労災病院(現在、九州労災病院門司メディカルセンターに名称変更:石井真理央)、大阪労災病院(大澤傑・平林伸治)、釧路労災病院(今中香里)、長崎労災病院(大野重雄)、岡山労災病院(原田良昭)、熊本労災病院(大野訓正・松村直樹)、愛媛労災病院(福井啓二)、燕労災病院(森宏)、浜松労災病院(赤津嘉樹)、和歌山労災病院(松本朋子)、香川労災病院(高田敏也)、千葉労災病院(中村哲雄)、以上21施設

文献

  1. 豊永敏宏:脳血管障害における医療およびリハビリテーションコスト―職場復帰のためのリハビリテーション研究から―日本職業・災害医学会会誌2006;54:175-182
  2. 豊永敏宏:職場復帰のためのリハビリテーション―脳血管障害の退院時における職場復帰可否の要因―。日本職業・災害医学会会誌2008;56 :135-145
  3. http://Strokecenter.org/trials/scales/rankin.html
  4. Malloney FI, Barthel DW : Functional evaluation :The Barthel Index. A simple index of independence useful in scoring improvement in the rehabilitation of the chroni-cally ill. Maryland State Med J 1965 ; 61-65 (1965 Annu-al Meeting, April 21-23)
  5. http://cvddb.shimane-med.ac.jp/
  6. http://www.chcr.brown.edu/MMSE.PDF
  7. 田中宏太佳,豊永敏宏:脳卒中患者の復職における産業医の役割―労災疾病等13分野医学研究・開発,普及事業における「職業復帰のためのリハビリテーション」分野の研究から―日木職業・災害医学会会誌2009;57:29-38
  8. 豊永敏宏:脳血管障害者における職業復帰可否の要因―Phase 3 (発症1年6ヵ月後)の結果から―日本職業・災害医学会会誌2009 ; 57:152-160