独立行政法人労働者健康安全機構 研究普及サイト

  • 文字サイズ小
  • 文字サイズ中
  • 文字サイズ大
働く女性の健康
ホーム » 働く女性の健康 » 過去の研究の目的及び概要 »
働く女性の月経関連障害及び更年期障害のQWLに及ぼす影響に係る研究・開発、普及

働く女性の月経関連障害及び更年期障害のQWL(Quality of Working Life)に及ぼす影響に係る研究・開発、普及
主任研究者 矢本希夫 和歌山労災病院副院長

研究の目的及び意義

① 月経関連障害の働く女性のQWLに及ぼす影響に関する調査・研究

(目的)
月経関連障害は、月経困難症(月経痛)と月経前症候群の2つに大別される。晩婚化と少子化に伴い、現代の女性の一生に経験する月経の回数は、昔の女性は約50回であったのに対し、約450回であり、現代の女性は多くの月経を経験することとなっている。月経痛は、排卵後形成された黄体からの黄体ホルモンの作用により、月経直前から月経中に子宮内膜においてプロスタグランディンの産生が増加し、子宮平滑筋の収縮を促進して月経血を子宮外に排出する役割を果たしている。プロスタグランディンの産生が多量であれば、子宮収縮が強くなり陣痛様の下腹部痛および腰痛が発生する。月経痛のある女性では、子宮内膜や月経血に含まれるプロスタグランディン量が月経痛のない女性より多いことが報告されている。さらに、器質性月経困難症として、20-30歳代の女性に多い子宮内膜症、30-40歳代の女性に高頻度にみられる子宮筋腫、子宮腺筋症があげられ、いずれもその発症頻度は増加している。
一方、月経前症候群は、月経前5-7日前に、イライラ、乳房痛、怒りやすくなる、腹部膨満感などの症状を伴う症候群である。女性ホルモンの1つである黄体ホルモンの分泌量は排卵後急激に増加し、受精卵が着床せず月経が起こると急速に低下する。この月経周期によるホルモンの変化が、自律神経系などの変調により頭痛、イライラなどの症状を誘発するとされている。また、黄体ホルモンの作用により乳房緊満感や下腹部膨満感などを引き起こすといわれている。
これまでの調査研究により月経困難症、月経前症候群が有意に働く女性のQWLを低下させている実態が明らかとなったが、今回、排卵を確実に抑制する低容量エストロゲン・プロゲスチン製剤(LEP)、低容量ピル製剤(OC)が月経関連障害に悩む女性のQWLの改善にどのような効果があるのかを検討することを目的として、大規模に調査研究するものである。さらに、プロスタグランディン合成阻害剤である非ステロイド性消炎鎮痛剤(NSAIDs)と比較検討することも併せて調査する。

(意義)
第1期の調査にて、1879例の女性よりアンケートの回答を得た。15-60歳の女性の72%がパート勤務を含め就労していることが示された。月経痛の有無については20歳代の85%、30歳代81%と多くの女性に月経痛があり、就労女性の77%、主婦の72%が月経痛があることが示された。NSAIDsなどの鎮痛剤を服用するほどの強い月経痛は主婦では22%であったのに対し、就労女性では37%であり、強い月経痛を経験していることが明らかとなり、多くの就労女性が「仕事は休まないが能率が悪い」と回答していた。さらに、月経痛のQWLに及ぼす影響の検討では、月経痛は、体の痛み、全体的健康感、社会生活機能、日常役割機能(精神)、心の健康の5項目で有意にQOLを低下させていることが判明した。また、月経前症候群とQOLの相関の検討では、日常役割機能(身体)、体の痛み、全体的健康感、活力、社会生活機能、日常役割機能(精神)、心の健康において症状数と有意の負の相関があることが示された。
今回、月経困難症や月経前症候群などの月経関連障害に、LEP、OCやNSAIDsなどの薬物による介入研究・調査をすることにより、それらの薬物の働く女性のQWLに及ぼす影響を全国労災病院産婦人科受診患者の協力のもと、大規模調査・検討により明らかとすることが期待される。

② 更年期障害が働く女性のQWLに及ぼす影響に関する調査・研究

(目的)
更年期は、まさに性成熟期から生殖不能期への移行期(45-55歳)に当たり、50歳前後にくる閉経以降の30年余りの生活を如何に健康に過ごすかを考える人生の節目といっても過言ではない。さらに、更年期は女性のライフサイクルの中でBio-Psycho-Socialのいずれの次元においても、1)卵巣機能の低下、閉経前後の身体的変化と、2)親役割の減少、3)老親の介護などの家族構造の変化、さらに、4)職業上での限界感の認識などの職場における変化が現れる時期でもある。
更年期障害は、思春期から増え始め20歳代から30歳代にかけてピークを迎えていた女性ホルモン(エストロゲン)を分泌する卵巣機能が、加齢とともに衰え、更年期になるとエストロゲンの量が激減してしまうのが主たる原因である。更年期に現れる多種多様の症候群で、卵巣機能の低下や社会心理的要因に基ずく血管運動神経症状や精神症状が複雑に絡み合って惹起される症候群と考えられる。更年期女性の多くに、「顔がほてる」、「汗をかきやすい」、「肩こりや腰痛がひどい」、「疲れやすい」、「怒りやすく、すぐイライラする」、「くよくよしたり、憂鬱になる」などの様々の体調の不良や不調が現れる。
これまでの調査研究により、更年期障害は有意に働く女性のQWLを低下させている実態が明らかとなり、更年期障害に対する相談、治療が必要であることが示唆された。経口もしくは経皮投与されたエストロゲン製剤はホットフラッシュ、睡眠障害、関節痛、膣乾燥感、精神症状などを緩和することが報告されている。今回、経口あるいは経皮エストロゲン製剤が更年期障害女性のQWLの改善にどのような効果があるのかを検討することを目的として、大規模に調査研究するものである。

(意義)
第1期の更年期指数評価による調査にて、40歳代の27%、50歳代の20%に更年期外来の受診や計画的な治療を必要とする更年期障害に悩む女性が存在することが判明した。更年期症状別アンケート調査では、「疲れやすい」、「肩こり・腰痛・手足の痛みがある」、「腰や手足が冷えやすい」、「怒りやすく、すぐイライラする」、「くよくよしたり、憂鬱になる事がある」などの症状が多いことが示された。また、50歳代、60歳代の女性には不眠を訴えることが多いことが認められた。さらに、更年期障害のQWLに及ぼす影響の調査では、更年期障害は活力、心の健康、全体的健康感などすべての項目で有意にQOLを低下させていることが明らかとなった。
閉経後女性に対するホルモン補充療法(HRT)は、更年期障害の治療に有効であることが認められているが、2002年に公表された米国Women’s Health Initiative(WHI)の中間報告により長期使用による乳癌や血栓症などの副作用発生が指摘されたことから、その安全性について懐疑的な意見が増加し、HRTが使いにくい状況が発生し、一部では行われなくなる状況となった。しかし、WHIの報告から数年が経過し、本邦を含め諸外国からWHIの研究結果に問題点があることや、その研究方法に対する懐疑的な意見が散見されるようになった。また、同様の研究成績が集約されてくると、必ずしも否定的な意見ばかりでなく、症例を選択し、適切な期間、適切な薬剤を用いて、適切に管理しながらHRTを行うことは有用であるとのコンセンサスが得られるようになってきた。
わが国はついに超高齢化社会に突入し、医療も治療から予防へのパラダイムシフトが起こりつつある現在、更年期医療の実践とその標準化は極めて重要なテーマである。最近、日本産科婦人科学会より「ホルモン補充療法ガイドライン」が発刊され、安心してHRTを施行するための知見が示された。今回、更年期障害に対するHRTの働く女性のQWLに及ぼす影響を、労災病院グループにおいて大規模に調査、検討することは、非常に有意義であると考えられる。

国内・国外における研究状況及び特色・独創的な点

① 月経関連障害が働く女性のQWLに及ぼす影響に関する調査・研究

(国内外の研究状況)
わが国における働く女性の生活環境や職場環境における就労が働く女性のQWLに及ぼす影響について、第1期の調査、研究により月経関連障害が有意にQWLを低下させていることが明らかとなった。しかし、LEP、OCやNSAIDsなどの薬物介入によるQWLに及ぼす影響に関する報告は少ない。
欧米では、OCが子宮内膜症に対する初期の治療として有効であるとする報告が多い。実際、OCは英国では子宮内膜症および月経困難症に、ドイツでは月経困難症治療の適応を有している。米国やカナダでも、添付文書に子宮内膜症と月経困難症に有効であるとの記載がある。また、NovakやCecil、Harrisonなどの成書においても、月経困難症に対してNSAIDsに次いで使用すべき薬剤として位置づけされている。このように、月経困難症の治療薬としてその位置が確立されているが、一方で、エビデンスレベルの高い臨床試験成績はほとんどない。
月経関連障害を有する女性のQOLはSF-36などを用いて測定され、QOLの顕著な低下が観察されているが、多くの報告は断面的研究である。さらに、月経痛などのLEPやOCによるQOLに対する有効性に関する報告は散見されるが、症例数が少なく、大規模な研究とは言い難い。

(特色・独創的な点)
月経痛をはじめとする月経関連障害に対するLEP、OCやNSAIDs投与前後におけるQWLの改善について、全国労災病院産婦人科を受診した月経関連障害患者の協力により、わが国において未だ報告されていない、大規模な調査・検討が期待される。

② 更年期障害が働く女性のQWLに及ぼす影響に関する調査・研究

(国内外の研究状況)
2002年に発表されたWomen’s Health Initiative(WHI)報告はHRTの有害性を強調したあまりHRTの正当な使用すら委縮させる結果を招来した。しかし、WHI報告は特定の集団において得られた結果であり、これを一般化して他の集団に当てはめるべきではないという批判が噴出して現在では適正な使用によるHRTはリスクよりもメリットの方が高いと考えられるようになっている。ただ、研究者間でHRTに対するコンセンサスが得られ、症例や管理方法を選んで使用すれば有用な治療法であると示されても、ここ数年のこのような経緯があるため、わが国ではHRTに関して診療現場で混乱が生じているのも事実である。
HRTの基本はエストロゲンの投与にある。しかし、子宮のある女性では、子宮内膜癌の発生を予防するためにエストロゲンに加えて黄体ホルモンの併用が勧められる。一方、子宮のない女性では、子宮内膜癌のリスクはなくなるのでエストロゲン製剤が単独で使用される。HRTに期待される作用・効果については、エビデンスレベルの高い報告がある。経口もしくは経皮投与されたエストロゲン製剤はのぼせ、ほてりなどホットフラッシュを緩和する。経口エストロゲン製剤の投与は中等度以上のホットフラッシュ、不眠、膣乾燥感、記憶力低下精神症状を緩和すると報告されている。経皮投与されたエストロゲン製剤は睡眠障害、関節痛、四肢痛の改善効果を示す。
このように、HRTは更年期症状を緩和するが、QWLに対する改善効果についての報告は少なく、多くの症例の集積による検討が必要とされている。

(特色・独創的な点)
40歳代―50歳代の就労女性は知識、技術、経験において職場における中心的に活躍する有能な人材と言える。一方、職場や家庭におけるストレスも多く、更年期障害などにより体調を崩し離職する女性も多い。全国労災病院産婦人科を受診した更年期障害患者の協力により、更年期障害患者のQWLのHRTによる改善について、大規模な調査、検討が期待される。